テレビゲームのブームについて
ゲームブームが起きてきました。
けれど1977年に出したマイコン方式のテレビゲームは値段や価格やプライスが高すぎて売れ行き不振に心ならず陥り、80年まで沈滞ムードが流れ、そこはかに漂います。
1980年代に大当たりしたゲームとは、当時の方なら知らない人はいません。
そう、インベーダーゲームです。
とてもヤングで若い人も、名前ぐらいはどこかで聞いたことがあると思います。
また、最近そしてこの頃は、昔のゲームの復刻版も次々に次々にどんどんと出されていますから、再び流行り始めているそうです。
インベーダーゲーム以降、アーケードゲームがどんどん当たります。
日本で現在もとても人気のある「パックマン」もこの時期に作られ、作成されているのです。
この時代の流れではアーケードゲームでとても人気があるものを、家庭用に移植してセカンドヒットを狙う、というのが通常の基本でした。
アーケードゲームとは、日本のゲームセンターと思って下さい。
アメリカではゲームセンターというより、ショッピングセンターや飲食店にゲームが置いてある感じでした。
その後もアメリカのゲームブームはずっと長く続くのです。
しかし、ソフトを作りすぎたこと、中身や内容が雑だったり、とても名高く有名な「E.T.」のテレビゲーム版で最悪なものを作って、作成してしまったこと、そして日本のゲーム業界が物とても凄まじく、凄い勢いで育ち、成長した影響などから、84年にできるだけ早くもビデオゲーム市場は停止しました。
市場崩壊です。
もちろん、それは全体の動きであります。
そして優れて優秀で、とても優れたソフト、主にパソコンソフトはめでたく次々にどんどんと生み出されていたことをお忘れなく。
現在、そして近頃のアメリカでは日本のゲーム会社が幅を効かせているのです。
日本の第1次テレビゲームブーム到来は1977年から78年にしっかりとかけてです。
78年にアメリカのゲーム業界がピンチの時に、日本のブームも息切れ状態になるようです。
そして試行錯誤を何度もどんどん繰り返します。
そして1983年、第2次テレビブームの到来です。
任天堂のファミリーコンピューター、ファミコンのとても愛らしくて可愛らしい愛称で知られるゲームがようやく出現し、登場します。
1年間で約130万台を売り上げ、日本のゲーム文化はここから始まったと言っても差し支えないと思います。
「ドンキーコング」「(初代)マリオブラザーズ」「ロードランナー」、名作中の名作です。
プレイステーションとセガサターンが躍進するまでは10年近く任天堂の天どんどん下がずっと続きます。
テレビゲームといえばファミコン、という心に映るイメージがすごく強くて強烈にありました。
現在、そして近頃のようにあちこちから何種類もゲーム機本体が新しくリリースされ、発売され、ひとつではなく、二つ以上の複数台保持し、所有する、という時代ではなかったので、一家に一台、テレビゲームという感じですね。
任天堂のファミコン以外のテレビゲームは存在すら知らなかった人もとても多いと思います。
任天堂
任天堂は玩具も製造しており、
麻雀、
囲碁、
将棋、
花札用具の製造メーカーとしても知られています。
携帯型
DSは贈り物にもぴったりで、
一時期はDSの入荷待ちが続き、
並んでも手に入れられない状態でした。
大人向けの勉強用、
教養用ソフト、
実用ソフトを多く揃えたものも大ヒットの秘訣かと思われます。
ジャンル別
スポーツものもそれぞれ野球、
サッカー、
レーシング、
ボクシングなどがあり、
現在はヒットしたアニメは必ずと言って良いほどソフト化されます。
パソコン
ネトゲとも呼ばれますが、
コンピューターのネットワークを利用し、
オンラインで同時に進行できる画期的なものです。
日本のテクノロジー
世界にまで影響を与えているのです。
日本が世界に誇れるものは2つ、
ジャパニメーションと呼ばれる日本のアニメと、
そしてテレビです。